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サカナクションが、930日に新曲「新宝島」をリリースし、直後の103日、北海道立総合体育センター北海きたえーるで、約1年半ぶりとなる全国ツアー<SAKANAQUARIUM 2015-2016 "NF Reords launch tour">をスタートさせた。



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メンバー草刈愛美(Bs)の出産などもあり、昨年末からメディアへの露出を控え、制作に専念していた彼らだったが、7月に始動させた、自身がオーガナイズするレギュラー・クラブ・イベント<NF(当初の名称は"NIGHT FISHING">から、積極的に""での活動を再開。"音楽"という名の下、さまざまな人々が集うことができる<NF>という"遊び場"を作り出したサカナクションは、さらに所属レコード会社であるビクターエンタテインメント内に、自主レーベル<NF Records>を発足。その第一弾作品が「新宝島」というわけだ。



2013年にチャート1位を獲得したアルバム『sakanaction』以降、あえてアンダーグラウンドに深く潜り、自らの音楽を模索し続けてきた彼らが、そこで吸収したエネルギーを起爆剤として、勢いよくオーバーグラウンドへ飛び出してきた。まさに「新宝島」は、そんな勢いとポジティブなパワーを感じさせる楽曲だ。今まで以上に前向きで、希望の光にも似たワクワク感とドキドキ感が交差するサウンドに、まず心の奥底が踊らされる。しかも、映画『バクマン。』主題歌というタイアップによって、映画のストーリーとバンドのストーリー、さらには、映画の主人公である漫画家が「描く」という行為と、山口自身が歌詞を「書く」という行為を見事に紡ぎながら、リスナーを<NF>に連れて行くという、サカナクションの""をリアルに歌った作品に仕上がっている。そして、911日に恵比寿リキッドルームで開催された<NF>ラストで、実際に爆音で鳴らされ、明け方のフロアを躍らせたのが、カップリング曲「聴きたかったダンスミュージック、リキッドルームに」。これは、まさに<NF>テーマ・ソングと言うべき、""のサカナクションを象徴する楽曲と言えよう。




加えて見逃すことができないのが、同シングル豪華初回限定盤に収録されている劇伴「
MOTION MUSIC OF BAKUMAN。」だ。映画に使用されたサウンドトラックが、3450秒のひとつの作品としてミックスし直されており、ページをめくる音でシーンが展開するというユニークな構成となっている(実際に、岩寺基晴(Gt)が週刊少年ジャンプをめくり、その音を録音したのだそうだ)。サカナクションというバンドのスタイルを崩すことなく、映画の劇伴として成立させながらも、一聴してサカナクションの音楽だと分かる音楽。映画に対しては、あくまで黒子でありつつ、こうして主役にも成り得るという、実にクオリティの高い作品。ダンスミュージックとは異なるがゆえに、よりアート性の強いサウンドで、聴き手(映画においては、観客)の想像力を刺激してくれる。なお、こうした各楽曲の裏側には、長くサカナクションのサウンド・メイキングを支え続けているレコーディング&ミキシング・エンジニア、浦本雅史、土岐彩香という2人のプロフェッショナルな仕事があるという点も、忘れてはならない。



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このように、<NF>という"遊び場"を創造し、新曲「新宝島」を完成させサカナクションが、その延長線上として、久々の全国ツアーを開始。まさに"遊び場"を全国各地に拡散させるかのごとく、約5ヶ月に渡って全国のホール/アリーナを巡るという、キャリア最多かつ最長となる全32公演が組まれているが、そのスタートの地に選ばれたのは、サカナクションが結成された場所、札幌だった。



前日、北海道では爆弾低気圧が吹き荒れたものの、当日は見事な晴天。特に日中は、日焼けが心配になるほどの強い陽射しを感じた一方で、ひとたび日影に入ると、ピンと張り詰めたような冷気が素肌を刺激する。この相反する空間が、境界線なく同居するという独特な空気に北海道を感じ、そして、ここでサカナクションの音楽が生まれたのだということを実感させられる。



長いツアーの初日であるため、本レポートでは、セットリストや演出についての詳細は控えるが、是非とも伝えたいと感じたことは、このツアーは、とても刺激的で、かつ、観るものをとことん満足させてくれるエンタテインメントであり、その核心には、しっかりとサカナクションの音楽が宿っていたということだ。そして何よりも印象的であったのが、山口一郎(Vo,Gt)をはじめとする各メンバーが、演奏中に何度も見せた笑顔だった。



これまでに何度か体験したサカナクションのツアー初日は、いずれも会場全体に初日特有の緊張感が漂っていることが多かった。もちろん、そのピリッとした雰囲気こそがツアー初日の醍醐味であり、当然この日も、メンバーやスタッフは、大きな緊張感を抱いてステージに臨んでいたであろう。しかしきっと、それ以上に大きな"喜び"が、自然とメンバーの表情に溢れ出てきたのではないだろうか。それは、久しぶりにライブができる喜びであり、観客と一緒に音楽で"遊べる"ことの喜びでもあり、そして、地元・札幌でツアー初日を迎えられたことに対する喜びだったに違いない。



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今回のツアーは、新曲「新宝島」という十分すぎるトピックスはあるものの、いわゆるアルバムのリリース・ツアーではないため、演奏された楽曲たちは、間違いなく現時点での"サカナクション・ベスト・セレクション"と言うべき内容であった。しかも、オーバーグラウンドに向けた革新的な曲と、アンダーグラウンドに深く潜った挑戦的な曲が、実にいいバランスで構成されており、こういった世界観を満喫できるのも、ワンマン公演ならではの魅力だ。



そのうえで、想像を遥かに超える斬新な演出に驚嘆の声を挙げる場面があるかと思えば、多くのファンが間違いなく歓喜したであろう、"This is the SAKANACTION LIVE !!!"と言うべき大定番のシーンも。さらには、過去のツアーで印象的だった演出が、2015年モードの新たな解釈と新しいテクノロジーによって再構築されるなど、新たな発見と見どころが満載だ。初めて彼らのワンマンを観る人にとっても、これまで何度もツアーに足を運んだコアなファンにとっても、十分期待に応えてくれ、そして期待を裏切ってくれる内容となっていた。このような"進化"という形で大きな変化を遂げたサカナクションを目の当たりにすることで、「やっぱり、サカナクションはサカナクションだ」と、改めてその"変わらなさ"を同時に感じたパフォーマンスであった。



アンコールを含めた約2時間半のライブを終えると、止むことのない2度目の手拍子に応えて、山口と岩寺の2人だけが、再びステージに登場。山口曰く、彼らのレギュラー・ラジオ番組<サカナ LOCKS!>生放送で、札幌公演のみ終演後に弾き語りを行うと「言ってしまった(笑)」ことから実現した、スペシャルなコーナーが待っていたのだ。



「本当は、さっきで(ライブは)終わりだから、ここからはオマケと思って、帰ってもいいから(笑)」(山口)と、2人の高校時代のエピソードを交えながら、原曲版「GO TO THE FUTURE2006 ver.)」をアコースティック・ギターで披露。85日に発売されたコンセプト・アルバム『懐かしい月は新しい月 Coupling & Remix works~』の初回限定盤特典映像に収録されているアコースティック・セッションが、北海きたえーるのステージ上で再現されたのだ。この"オマケ"も含め、普段は見られない、5人の特別な感情があちらこちらで見え隠れしたツアー初日は、大満足のうちに幕を閉じた。


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ここで紹介した内容は、空間の広さや高さ方向の自由度など、物理的な側面からアリーナ会場に特化した演出も多かったはずだ。そのため、1113日の福岡サンパレスから本格的に始まるホール公演では、きっとまた、この日とは違った演出が練られていることだろう。しかも、そこはサカナクションがやることだからして、「アリーナ演出のダウンサイジングがホール演出」といった単純なものではなく、表現しようとする世界観を変えることなく、アリーナ公演ではアリーナ特有の、そしてホール公演では、ホールに最適化されたパフォーマンスが展開されるはずだ。



しかもそれを支えるべく、平山和裕(BAGS GROOVE)による繊細なライティングや、助川貞義(OVERHEADS)のオイルアート、サブ・ウーハーの重低音を操るPA佐々木幸夫が生み出す躍らせるサウンドなど、いわゆる"チーム・サカナクション"が万全の態勢でスタンバイしている。そういう意味からしても、アリーナ公演とホール公演の両方を観比べてみる価値は大いにあるだろうし、これから先、ツアーの本数を重ねていくことで、ライブ自体がより一層、深化しながらブラッシュアップされていくことは間違いない。ひょっとしたら、セットリスト自体が変化していくのではないかという想いすら頭をよぎってくる。それくらい、ライブは現在進行形の生き物であり、逆に言えば、その一瞬が過ぎ去ってしまえば、善くも悪くも、もう二度と体験することはできない瞬間芸術だ。今後の公演を観に行く予定がある方は、ぜひ目の前で繰り広げられる光景だけでなく、自分の周囲360°全空間の音と光を全身で感じ、楽しんで欲しいと願うばかりだ。そして運よく初日を体験できた筆者自身こそが、このツアーを誰よりも楽しみたいと思っている。

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サカナクション
ビクターエンタテインメント
2015-09-30


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2015-08-05